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札幌地方裁判所室蘭支部 昭和33年(わ)119号 判決

被告人 木口常代

明三〇・八・二七生 助産婦

主文

被告人を罰金五千円に処する。

被告人が右の罰金を完納出来ない場合には金五百円を一日の割合に換算した期間右の被告人を労役場に留置する。

なお被告人はこの裁判が確定する日から参年間公職選挙法に規定する選挙権および被選挙権を有しないものとする。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は肩書居宅において昭和二年頃から助産婦をなし来り右の居住地たる伊達町字向有珠には他に同業者無きため同地の妊産婦は殆んど皆被告人がその指導援助等をしていたのであるが、昭和三十三年五月二十二日施行の衆議院議員の総選挙に際し、北海道第四区から立候補した篠田弘作の選挙運動者として同候補者に当選を得しめる目的をもつて、当時被告人が出産前後の指導援助等をなしおりかつ、又、右選挙の一般投票日たる同年五月二十二日前後の時季が出産の予定日に近接していた選挙人たる妊産婦等に対し右一般投票日以前に不在者投票の方法により投票することを勧誘し兼ねて右篠田候補に対して投票方を依頼せんと企図し、同年五月三日頃有珠郡伊達町字向有珠九十三番地の自宅その他五箇所において選挙人たる妊産婦豊島フミ、同原トリ子、同大堀アサ、同楠原令子、同戸羽ツギ、同笠島ミツ(以上合計六名)に対し、前記候補者(篠田弘作)のための投票方を、それぞれ依頼し、その報酬として、被告人が同月四日頃伊達町字錦町八十二番地所在の有限会社光星タクシーに対し乗用自動車一台の配車方を右会社に申込み、五月五日午前九時頃より同日午後三時頃迄の間に前記六名の選挙人等を二回に分け被告人附添いのうえ、第一回目は豊島フミ、大堀アサ、原トリ子を、第二回目には楠原令子、戸羽ツギ、笠原ミツを折返しそれぞれ乗車せしめて、被告人の前記自宅附近より国道を経由し約十五粁を距てた有珠郡伊達町字鹿島町二十番地所在の伊達町役場不在者投票所前迄の間を往復乗車させ、もつて前記選挙人豊島フミ、同大堀アサ、同原トリ子、同楠原令子、同戸羽ツギ、同笠島ミツに対し右自動車運賃の額(被告人を入れて毎回四名宛乗車し往復したものであるから一往復につき七百五十円、総額千五百円)に相当する利便を供し、もつて財産上の利益を供与したものである。

(情状)

被告人は旧制女学校修了後十九才の頃札幌市において助産婦として免許を受け昭和二年頃肩書の伊達町字向有珠に来往するに至り同地にて助産婦として妊産婦の世話をする傍、有珠婦人会々長、婦人会連絡協議会々長、PT会副会長等の役職にもつきおり、かつ又、従前より衆議院議員選挙に際しては北海道第四区より立候補していた候補者等の選挙運動にたずさわつたこともあり、本件における各選挙人たる妊産婦は前記の如く昭和三十三年五月施行の衆議院議員選挙の一般投票日前後の頃いずれも出産予定のものにして、被告人の勧誘ありしため敢えてこれを拒否し難く被告人の提案を応諾したものである

(証拠の標目)〈省略〉

(本件公訴事実について)

被告人は、本件公訴事実については、(一)、被告人が篠田弘作の選挙運動ではなく、(二)、本件各選挙人たる妊産婦に対し前記候補者のための投票方を依頼したことなく、(三)、前記の自動車の運賃は各回乗車した選挙人等に対する報酬ではない、と終始主張してをり、本件各選挙人等(豊島フミ外五名等)も亦本件公判期日外の証人尋問に際し口を揃えて同趣旨の供述をしているのであるが、当裁判所の取調べた前掲各証拠特に前記各選挙人豊島フミ、同原トリ子、同大堀アサ、同楠原令子、同戸羽ツギ、同笠島ミツ等に対する各供述調書および被告人自身が本件について司法警察員ならびに検察官の取調に対し供述した際作成せられた各供述調書の記載によれば、いずれも本件判示事実と符合する供述が記載せられており、如上の各証拠とその余の証拠と対比検討すると前記判示事実を肯認することが充分可能である。

被告人は本件捜査の過程において警察官ならびに検察官の取調が極めて強迫的にして高圧的態度等によつてなされたもので任意の供述をなし得なかつたものであると弁疏するのであるが各証拠全部を対比考察するに右各取調当時の情況および右各調書の記載内容自体のみならず爾余の各証拠内容から観察するも右各調書記載の内容は各供述者の任意の供述であるのみならず事案の真相を語るものたるに足るものと思料する。

(法令の適用)

被告人の判示所為は公職選挙法第二百二十一条第一項第一号に該当する包括一罪であると解するので情状により所定刑中罰金刑を選択しその所定罰金額の範囲において、被告人を罰金五千円に処し、刑法第十八条によつて被告人が右の罰金を完納出来ない場合には金五百円を一日の割合に換算した期間右の被告人を労役場に留置する。

なお公職選挙法第二百五十二条第一項、第三項によつて、この裁判が確定する日から参年間右の公職選挙法に規定する選挙権および被選挙権を有しないものとする。

訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項によつて全部被告人の負担とする。

以上によつて主文のように判決する。

(裁判官 藤本孝夫)

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